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外国為替アナリスト内田稔のコメント「ドーマー定理が示唆する円相場の行方」

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執筆アナリスト

FDAlco
外国為替アナリスト
内田 稔
うちだ みのり

10月以降の振り返りと見通し

高市政権の発足前後で市場は株高と円安で反応している。ドル円が2月以来となる154円台を回復したほか、ユーロ円やスイスフラン円は史上最高値を更新している(図1)。

図1:為替レートの動き

背景に、「責任ある積極財政」と緩和的な金融政策への期待が挙げられる。高市総理、片山財務大臣ともに名目の利子率を名目GDP成長率が上回っている限り、政府債務を対GDP比で安定させることが可能であると発言した。これは、政府債務の持続可能性を判断するための「ドーマー定理」と呼ばれるものだ。2024年度の名目GDP成長率が前年比+3.7%と長期金利を大幅に上回っており、片山大臣は「ドーマー定理が成立している」と明言した。この為、年内の成立が見込まれる補正予算に積極財政の本気度が示されよう。石破前政権下で成立した昨年度の補正予算、約13.9兆円を上回れば、円安・株高に拍車がかかりそうだ。
 金融政策に関し、高市総理はその責任が政府にあるとしてきた。日銀に政府との整合性を強く求める考えであり、日銀には緩和的な金融政策運営が強く求められそうだ。ここで言う金融緩和とは、名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利がマイナス圏にある状態を指す。従って、日銀が利上げを続けるにせよ、その時期やペースには、従来以上の慎重姿勢が求められそうだ。その点、次回の利上げ時期は、展望レポート公表を伴う来年1月とみられるが、円安の進展次第で12月利上げの可能性も十分だ。その際、事前の日銀による地均しが不足していれば、一時的に円高を招く場面もあり得よう。
ただ、折からのインフレに円安再燃による輸入インフレ(第1の力)が被さる結果、日本のインフレ率は当面、高止まりが続く可能性が高い。次の利上げを以てしても、実質金利のプラス転には程遠く、根底の円安基調を覆すには至らないとみられる。
 米国では、長引いた政府機関閉鎖が解消する見通しだ。ひとまず安全資産への需要減退が長期金利の上昇(債券価格の下落)とドルの持ち直しを招きそうだ(図2)。

図2:米長期金利

発表が再開する経済指標の中でも、特に雇用統計が労働市場の顕著な悪化を示さない限り、ドル円は年初の157円台も視界にとらえそうだ。  一方、リスク要因も多い。日米実質金利差に照らせば、足元のドル円は割高であり、米金利の上昇や日本のインフレ期待の上昇(=実質金利の低下)といったフォローがなければ、折に触れて相場が乱高下する場面もみられよう。その点、日本の補正予算規模が昨年実績を下回った場合、円安・株高の巻き戻しに要注意だ。次に、米雇用統計が労働市場の冷え込みを示唆した場合、利下げの織り込み度合いが増し、ドル安につながろう(現在、市場が織り込む来年末までの利下げは約3.4回)。また、米最高裁が関税を違憲と判断した場合、貴重な財源が失われる。この場合、春先の「悪い金利上昇」とドル安の再燃に要注意だ。加えて、内外からの円安牽制も見込まれる。特に、ベッセント財務長官の強い牽制トーンは、日米関税交渉で日本の金融政策や円安が非関税障壁として議論された可能性を強く疑わせる。本邦単独での円買い介入の可能性も含めてドル円が上がるに連れ、神経質な値動きへの警戒も求められる。(12日午前9時脱稿)

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内田稔うちだ みのり

株式会社FDAlco外国為替アナリスト、高千穂大学商学部教授(専門は国際金融論、外国為替)、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員

1993年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行後、一貫して市場部門に在籍。2011年4月から2022年2月までチーフアナリストを務め、2022年4月から現職。金融専門誌J-MONEYの東京外国為替市場調査では2013年から9年連続アナリスト部門個人ランキング第1位。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト(CMTA)、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本金融学会および日本ファイナンス学会会員。テレビ東京ニュースモーニングサテライト、ロイターコラム外国為替フォーラム、プロピッカー(News Picks公式コメンテーター)などメディアでの情報発信も多数。

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